アメリカ・オハイオ州デイトンで育った兄ウィルバー・ライトと弟オーヴィル・ライトは、幼少期に父親から買い与えられたペナン型ヘリコプターの玩具に夢中になり、空への憧れを抱きました。長じて二人は印刷業を経て自転車店「ライト・サイクル・カンパニー」を開業。自前の自転車製造で培った精密な機械加工技術と資金力が、後の航空機開発の確固たる基盤となります。
1896年、当時の航空工学の先駆者であったオットー・リリエンタールが墜落死したニュースを知った兄弟は、本格的な飛行研究に乗り出します。彼らが何より重視したのは「操縦性(コントロール)」でした。鳥の飛翔を観察して得た「主翼のたわみ制御(たわみ翼)」を発明し、ピッチ(縦揺れ)・ロール(横揺れ)・ヨー(偏航)を意図通りに操る「三軸制御」の理論を確立したのです。
そして1903年12月17日、強風が吹き荒れるノースカロライナ州のキティホーク(キルデビルヒルズ)にて、自作のガソリンエンジンを積んだライトフライヤー号が宙を舞いました。第1回目の飛行はオーヴィルが操縦し、滞空時間12秒・飛行距離36.5メートル。この日行われた4回目のフライトでは、ウィルバーの手により59秒間で260メートルの飛行に成功し、人類の歴史に新たな扉を開きました。