井筒部屋の閉鎖に伴い、大きな注目を集めたのが所属力士たちの移籍先でした。受け皿となったのは、同じ時津風一門で14代井筒親方と現役時代から親交の深かった陸奥親方(元大関・霧島)が率いる陸奥部屋でした。
当時現役バリバリの横綱だった鶴竜をはじめ、幕下以下の力士3名、床山、呼び出しを含む全員が無条件で陸奥部屋へと迎え入れられました。突然の師匠の死という大きな悲劇に見舞われた弟子たちに対し、陸奥親方は温かく手を差し伸べ、稽古環境と生活の基盤を即座に整えました。
鶴竜は移籍後も横綱としての責任を果たし、2026年3月場所では陸奥部屋所属として幕内最高優勝を飾るなど意地を見せました。2026年3月に鶴竜が現役を引退した際にも、陸奥親方の全面的なバックアップのもとで年寄「鶴竜」を襲名し、陸奥部屋付きの親方として後進の指導にあたることになりました。