教科書では1185年説が主軸となっていますが、専門の日本中世史学界においては「何をもって幕府の成立とするか」によって今なお複数の学説が存在します。
代表的な諸説には以下のような視点があります。
・1180年説:頼朝が鎌倉を本拠地と定め、侍所を設けて東国武士と主従関係を結んだ時点を重視する見解。
・1183年説:朝廷から東国支配の承認(寿永二年十月宣旨)を受け、国家の公認権力となった時点を重視する見解。
・1185年説:文治の勅許により、全国的な軍事・警察・徴税権限を掌握した時点を重視する現行の最有力説。
・1190年説:頼朝が上洛し、後白河法皇と対面して「右近衛大将」に任命され、朝廷内の序列トップクラスへ進出した時点を評価する説。
・1192年説:武門の棟梁の象徴である征夷大将軍に任命され、名実ともに武家政権の首長として完成したとする伝統的見解。
幕府というシステムは、巨大な建造物を組み上げるように複合的な段階を経て完成したため、どの機能に着目するかで成立年の解釈が分かれます。現在の歴史学では、「単一の年に完成した」と捉えるのではなく、「1180年代から1190年代初頭にかけて段階的に成立した」と捉えるのが学術的なコンセンサスです。