幾多の試練を乗り越え、年間500万トン以上の出炭を誇った三井三池炭鉱も、時代の潮流を押し戻すことはできませんでした。1997年(平成9年)3月30日、多くの市民や関係者に見守られながら、三池炭鉱はついにその長い歴史に幕を下ろしました。閉山に至った主な決定打は以下の3点です。
第一に、安価な輸入炭の台頭と急激な円高です。オーストラリアや中国などから安価な石炭が大量に輸入されるようになり、深部採掘が進んでコストが高騰していた三池の国内炭は価格競争力を完全に喪失しました。
第二に、国の石炭政策の転換です。政府の石炭政策(第8次石炭政策など)が国内炭の保護から撤退・構造調整へと舵を切り、巨額の補助金による維持が困難になりました。
第三に、海底深部採掘に伴う限界です。有明海の海底深くまで掘り進んだことで、地圧や地熱の増大、排水コストの膨張が限界に達し、採掘を継続する経済的合理性が失われてしまったのです。