藤原喜明のキャリアを決定づけた歴史的事件が、1984年2月3日、札幌中島スポーツセンターで起きた「雪の札幌テロリスト事件」です。アントニオ猪木と長州力の因縁マッチの入場時、白いタオルを首に巻いた藤原が突如乱入し、長州力を血祭りに上げました。
この事件により、藤原は一躍「テロリスト」の異名を取り、新日本プロレスのトップ戦線へと躍り出ます。猪木への絶対的な忠誠心と、命令とあらば泥を被ることも厭わない仕事人としての覚悟が生んだ昭和プロレス史に残る大名場面です。
その後、前田日明らと共に第1次UWF、新生UWFへと合流。ローキックと関節技を主軸とした「シュートスタイル」を確立し、プロレスに真剣勝負の緊張感を持ち込む先駆者としてプロレス界に革命を起こしました。