立川談志のプロデュース能力が最も発揮されたのが、1980年代半ばに創設された著名人向けの「Bコース」弟子制度です。芸人、作家、俳優、映画監督など、すでに各界で一家を成していた一流の表現者たちが、こぞって談志の門を叩きました。
その筆頭格が、立川梅春(ばいしゅん)の高座名を持つビートたけしです。たけしは談志の芸と生き様に心酔し、浅草の芸人スピリットを共有する盟友として師弟関係を結びました。高座に上がって本格的な古典落語を披露することもあり、その存在は立川流のカリスマ性を世間に知らしめる最大の広告塔となりました。
さらに、放送作家の高田文夫(立川藤志楼)は、談志のブレインとして立川流の旗揚げから広報戦略全般を支え続けました。このほかにも、ミッキー・カーチス(ミッキー亭カーチス)や映画監督の山本晋也(立川アン・ディホール)、ダンカン(立川談かん)など多彩な顔ぶれが揃い、落語界の既成概念を打ち破るサロン的なネットワークを形成したのです。