済美高校野球部を語る上で欠かせないのが、2001年の男女共学化に伴い創部された野球部の初代監督に就任した故・上甲正典(じょうこう・まさのり)監督の功績です。
1988年センバツで宇和島東高校を率いて初出場初優勝を果たしていた上甲監督は、済美でも就任直後から驚異的な手腕を発揮します。校歌の一節でもあり、チームのスローガンとなった「やればできるは魔法の合いことば」を胸に刻み込んだ選手たちは、創部わずか3年目となった2004年春の第76回選抜高等学校野球大会に出場。並み居る伝統校を破り、史上初となる「創部最速でのセンバツ初出場初優勝」という快挙を成し遂げました。
勢いは止まらず、同年夏の第86回全国高等学校野球選手権大会でも決勝へ進出し準優勝。春夏通算で11勝1敗という驚異的な勝率を残し、甲子園に「済美旋風」を巻き起こしました。ベンチで常に笑顔を絶やさない「上甲スマイル」の裏に秘められた徹底的な反復練習と、選手を極限まで信じ抜く指導方針は、高校野球界の指導メソッドに大きな影響を与えました。その後も2013年春のセンバツ準優勝(安樂智大投手を擁した大会)など、甲子園通算で数多くの名勝負を演出しました。