押戸石の丘がオカルトファンや古代史愛好家を惹きつける最大の要因が、巨石の表面に刻まれた「文字」の存在です。丘の中腹に位置する「鏡石」と呼ばれる平らな巨石の表面には、幾何学的な直線や交差する刻線が残されており、これが約4000年前のシュメール文字(原初楔形文字)であるとするペトログラフ説が1980年代後半に提唱されました。
この説によると、鏡石には「バアル神(豊穣の神)」や「蛇の神」を意味する文字が刻まれており、頂上の太陽石を中心に、春分・秋分の日の出・日没線上に巨石が意図的に配置された「古代の太陽祭祀遺跡」であると主張されています。日本ペトログラフ学会などの研究機関による調査が行われ、テレビ番組でも大々的に取り上げられたことで、全国的なブームが巻き起こりました。
一方で、主流のアカデミズム(考古学・地質学界)の見解は極めて冷静です。多くの地質学者は、これらの直線模様を岩石の冷却・風化の過程で生じる自然の割れ目(節理・クラック)、あるいは後世の人為的な作業痕であると分析しています。阿蘇地域の厳しい寒暖差と風雨が、岩肌の脆弱な層を選択的に削り取った結果、偶然にも文字のように見える形状が形成されたという見解が有力です。
学術的な定説がどうであれ、人工的に配置されたかのように整然と並ぶ巨石群の景観と、太陽の運行と重なる配置美が、訪れる人々に太古のロマンを想起させることは間違いありません。真偽の白黒をつけること以上に、「悠久の自然景観の中に古代人の祈りを見出そうとする人間の想像力」を楽しむ場所として捉えるのが大人の鑑賞法です。