なぜ私たちは、時に怒りを覚えながらもワイドショーのコメンテーターの発言を見届けてしまうのか。メディア心理学の観点から見ると、そこには「感情の擬似同期」と「安全な断罪欲求」が働いています。
多忙な日常の中で、複雑な社会問題を一つひとつ深く調べる時間的余裕がないとき、人は「わかりやすい善悪の二項対立」や「スカッとする怒りの代弁」に惹きつけられます。コメンテーターがニュースの当事者を叱責する姿を見ることで、視聴者は手軽に正義感とカタルシスを得ている側面が否定できません。
しかし、特定のコメンテーターの過激な言動に過度に依存することは、自らの思考力を奪い、偏った世論形成に加担するリスクを孕んでいます。情報化社会を賢明に生き抜くために、視聴者側にも番組との健全な「心理的バウンダリー(境界線)」が求められます。
【情報番組・コメンテーターの活用における判断基準】
- 向いている受け止め方:
- 「異なる立場の人間がどう感じているか」という世論のサンプルとして観察する
- 専門家の発言をきっかけに、信頼できる一次情報(公的機関の統計や白書)を自分で調べる
- 感情的な煽り文句と、客観的な事実(ファクト)を切り離して聞く
- 避けるべき受け止め方:
- タレントコメンテーターの道徳的判断をそのまま自分の意見として鵜呑みにする
- 出演者の失言に対してSNSで過剰な人格攻撃やキャンセルカルチャーに加担する
- 「テレビが言っているから正しい(あるいは全て嘘)」という短絡的な思考に陥る