「お子様ランチ」という文化そのものが誕生した地こそが、日本橋三越本店です。その歴史は、昭和恐慌の嵐が吹き荒れていた1930年(昭和5年)11月にまで遡ります。
当時の三越食堂部主任であった安藤太郎氏は、深刻な不況によって街全体が活気を失い、大人たちの表情が曇るなか、「せめて百貨店に来る子どもたちだけでも笑顔にしたい」「一皿で洋食の美味しさをすべて味わえる夢の料理を作れないか」と発案しました。こうして開発されたのが、元祖「御子様洋食(おこさまようしょく)」です。当時の価格は30銭。当時としても手頃でありながら、贅沢なご馳走が一堂に会する画期的な構成でした。
安藤氏が考案したビジュアルの象徴が、富士山に見立てたチキンライスと、その頂に立てられた「日の丸の小旗」です。日本一の山である富士山のように子どもたちが雄大に育ってほしいという願いと、見ているだけで心が浮き立つ演出は瞬く間に大評判となり、三越劇場での観劇帰りや家族のハレの日の定番となりました。
戦時中の物資不足による一時中断を乗り越え、戦後の高度経済成長期には「お子様ランチ」という名称とともに全国の百貨店やファミリーレストランへと普及していきました。日本橋三越のお子様ランチは、単なる一料理にとどまらず、日本の近代外食産業における「子ども向けホスピタリティ」の原点として語り継がれています。