銭湯の壁にペンキで絵を描く文化は、大正時代初期の東京で始まったとされる。1912年、神田にあった「キカイ湯」の店主が、子どもたちに喜んでもらおうと絵師の川越広四郎氏に壁画を依頼したのが発端だ。この時、川越氏の故郷である静岡県から見える富士山が描かれたことで、銭湯の壁画といえば「富士山」という強固な定番のスタイルが形作られた。
日本の職人世界において、壁面に塗料で描くペンキ絵は極めて特殊な立ち位置にある。一般的な絵画や時間をかけて仕上げる伝統工芸とは異なり、銭湯の絵画制作には「営業休業日や開店前の数時間で完成させなければならない」という絶対的な制限が存在するからだ。下書きは一切行わず、頭の中に描いた完成図を元に、巨大なローラーや大きな刷毛を使って一気に構図を組み上げる。この一発勝負のスピード感と即興性こそが、この技法の真骨頂といえる。