このバーには、定番のカクテルリストが存在しない。「甘め」「すっきり」「スモーキー」といった大まかな好みの指定はもちろん、「今日の雨の匂いに合う一杯」「少し切ない気分の時に飲みたいもの」といった抽象的なオーダーにも、バーテンダーたちは即座に応えてみせる。
グラスに注がれる液体は、単なるアルコール飲料ではない。ゲストのその日の体調、会話のトーン、醸し出す雰囲気までを感じ取り、それに最適なベーススピリッツや自家製のインフュージョン(浸漬酒)、ボタニカルを組み合わせて作られる。カウンター越しに交わされる静かな言葉のやり取り自体が、カクテルという作品の隠された隠し味となっている。