画伯の生涯と創作活動を語る上で決して切り離せないのが、少年期の壮絶な被爆体験です。1945年8月6日、広島市内の勤労動員先(旧制山陽中学校3年時)で原爆に遭い、爆心地から数キロの至近距離で九死に一生を得ました。
終戦後、無事に生き残ったものの、放射線障害による白血球の極端な減少や重度の貧血といった後遺症に長年苦しめられることになります。20代後半には体調が著しく悪化し、「自らの死」を強く意識せざるを得ない極限状態に追い込まれました。
その命の危機の中で、「せめて命があるうちに一作だけでも納得のいく絵を遺したい」という祈りから生まれたのが、出世作となった1959年の名作『仏教伝来』です。自らの苦痛と仏教の救済を重ね合わせたこの作品は、日本画家・平山郁夫の原点となり、生涯のテーマである平和への祈りへと昇華していきました。