「クジラの排泄物がなぜ良い匂いなのか」という疑問は、初めて龍涎香を知る人が必ず抱く違和感です。実際の匂いは、漂流年数と状態によって完全に二面性を持っています。
調香師の手記や現場採取者の証言によると、新鮮なブラックグレードの龍涎香は「家畜小屋の糞尿と腐乱した魚が混ざったような強烈な悪臭」を放ちます。ところが、太陽光と波浪に揉まれて有機物が抜け落ちると、悪臭は消失。熟成された龍涎香は、「乾いた木、干し草、古い教会の礼拝堂、海水、ムスク、そして甘いバニラが微かに混ざり合ったような複雑怪奇で優雅な香り」へと昇華します。
日本の海岸を探索するビーチコーマー(漂着物愛好家)のコミュニティでは、台風通過後の大潮や、冬の強い季節風が吹いた直後が「探索の黄金期」とされています。ただし、現地での捜索は過酷を極めます。
現場を歩く愛好家の生の声を聞くと、「何千回と海岸を往復しても拾えるのは海洋プラスチックや動物性油脂のゴミばかり」「ネットの情報を鵜呑みにして持ち帰った塊が、ただの腐ったヤシ油で部屋中が悪臭に包まれた」といった失敗談が後を絶ちません。一獲千金という華やかな言葉の裏には、地道な海岸清掃に近い膨大な空振りの現実が存在しています。