1990年代半ば、人気絶頂のさなかに突如襲いかかった原因不明の異変。歌おうとしても声帯が思い通りに動かない。診断名は「心因性発声障害」だった。ヴォーカリストにとって歌声を奪われることは、自らの存在理由そのものを否定されるに等しい。バンドは活動休止を余儀なくされ、解散へと追い込まれた。
歌えない日々は14年というあまりにも長い時間続いた。病院を巡り、あらゆる治療法を試し、激しい葛藤と絶望の波に幾度となく飲み込まれそうになりながらも、彼は心の奥底にある情熱の火を消さなかった。言葉にならない声を一歩ずつ手繰り寄せ、発声のメカニズムを体で覚え直すリハビリを根気強く継続。2009年、奇跡的とも言える声の復活とともにファンへ戻ってきた瞬間の感動は、今なお日本の音楽史における語り草となっている。