大衆の心を掴んで離さなかった彼の波乱万丈な生涯は、まさに既存の政治家の枠組みを破壊する連続だった。若き日に背中に彫った刺青は終生消えることはなく、入浴時以外は決して人に見せなかったという逸話が残る。だが、その強烈な個性こそが、特権階級化していた政界に対する民衆の不満を吸収する巨大な磁石となった。「小泉純一郎の祖父」「小泉進次郎の曽祖父」という系譜上の事実を超えて、この男が持つ野生的な政治的カリスマ性こそが、小泉家の政治的DNAの源流なのだ。
教科書には載らない最新史料や当時の証言録を紐解くと、彼の行動原理には一貫して「庶民の代弁者」という強い自負があったことが浮かび上がる。刺青という負の烙印になりかねない過去を隠すことなく隠し味に変え、自らの看板へと仕立て上げた手腕は、パフォーマンス政治の先駆けとも言える。政界のサラブレッドたちがひしめく中で、叩き上げの野党政治家として台頭していった背景には、土着の支持基盤と強固な義理人情のネットワークが存在していた。