未唯mieの驚異的な精神力とタフネスを理解するうえで、1970年代後半のピンク・レディー旋風を振り返ることは欠かせません。1976年に「ペッパー警部」で鮮烈なデビューを果たした二人は、瞬く間にトップスターへと登り詰めました。
その後、「S・O・S」「渚のシンドバッド」「ウォンテッド (指名手配)」「UFO」「サウスポー」など、発表する楽曲が次々とオリコン1位とミリオンセラーを記録。日本レコード大賞をはじめとする数々の賞を総なめにし、老若男女が彼女たちの振り付けを真似る空前の社会現象を巻き起こしました。
しかし、その華々しい栄光の裏側は過酷を極めていました。当時のテレビ局や関係者の証言録によると、1日の平均睡眠時間がわずか45分から1時間程度という過密スケジュールが数年間にわたって続いていたと記録されています。移動中のわずかな隙間時間に仮眠を取り、点滴を打ちながら生放送のステージに立つ日々が日常茶飯事でした。
こうした極限状態を乗り越えた経験が、未唯mieの骨太なプロ意識と、何事にも動じない鋼のメンタルを育んだ原点と言えます。