定家のパトロンであり、同時に最大のライバルでもあった後鳥羽上皇。承久の乱で隠岐に流された上皇への想いは、定家にとって生涯の棘だった。完成した百人一首には、上皇の歌が収録されているが、草案にはさらに踏み込んだ、哀惜の情が溢れる歌が候補に挙がっていたという。
「もしこの歌が残っていれば、定家は幕府に処刑されていたかもしれない」。ある歴史学者はそう指摘する。命がけの暗号のように散りばめられた言葉の数々。私たちは今、800年前のラブレターであり、遺言でもあるテクストを読み解いているのだ。
定家のパトロンであり、同時に最大のライバルでもあった後鳥羽上皇。承久の乱で隠岐に流された上皇への想いは、定家にとって生涯の棘だった。完成した百人一首には、上皇の歌が収録されているが、草案にはさらに踏み込んだ、哀惜の情が溢れる歌が候補に挙がっていたという。
「もしこの歌が残っていれば、定家は幕府に処刑されていたかもしれない」。ある歴史学者はそう指摘する。命がけの暗号のように散りばめられた言葉の数々。私たちは今、800年前のラブレターであり、遺言でもあるテクストを読み解いているのだ。