武蔵の最期を語る上で欠かせないのが、最後のお辞儀をして艦と運命を共にした猪口敏平艦長(死後中将)の存在である。彼が沈没直前に副長へ託したとされる遺書や、近年にご遺族関係者や防衛省防衛研究所の史料庫から再評価が進む未公開の陣中日記には、大日本帝国海軍の巨艦巨砲主義が直面した厳しい現実と、部下たちを逃がそうとする極限状態での葛藤が刻まれていた。
猪口艦長は、武蔵の防御力に対する過度な過信が防空陣形の不備を生んだことを自省しつつも、最期まで乗組員の命を救うための退艦命令のタイミングを図り続けていた。艦橋に残された遺品や通信記録の再検証により、沈没数分前まで艦の傾斜を食い止めようと注水作業を指示し続けた指揮官たちの死闘が、2026年最新の歴史調査によって改めて裏付けられている。