トップスターとして多忙を極める中、1999年の早稲田大学教育学部への進学は、日本中を巻き込む大フィーバーとなった。初登校の日にキャンパスを取り囲んだ数多くの報道陣と野次馬の姿は、当時の狂熱的な過熱ぶりを如実に物語っている。学業と芸能活動の両立を図る彼女の選択は、連日ワイドショーの格好のネタとされた。
また、この多動な時期において彼女の盾となり、才能を育み続けた芸能事務所「フラーム」の存在も欠かせない。流行の消費対象として終わらせず、息の長い表現者へと成長させる育成方針のもと、過熱報道の渦中にあっても自らの意思を貫き通す強さが培われていったのである。