満奇洞が持つ独特の空気感は、古くから多くの表現者や映画人を魅了してきました。この洞窟は江戸時代末期(弘化年間)、地元の猟師がタヌキを追っている最中に偶然発見したと伝えられています。当時は地名から「槇の穴(まきのあな)」と呼ばれていました。
転機が訪れたのは1929年(昭和4年)のことです。情熱の歌人として知られる与謝野晶子・与謝野寛(鉄幹)夫妻がこの地を訪問しました。洞内の千変万化の造形美に深く感銘を受けた晶子は、「奇に満ちた洞」と絶賛し、自らの筆で「満奇洞」と命名しました。晶子は洞内で幾首もの短歌を詠んでおり、その歌碑は現在も洞外に静かに佇んでいます。
また、昭和カルチャー史において欠かせないのが、横溝正史原作の名作ミステリー映画『八つ墓村』のロケ地としての足跡です。1977年に公開された野村芳太郎監督版(渥美清主演)、および1996年の市川崑監督版(豊川悦司主演)において、物語の鍵を握る不気味で神秘的な洞窟シーンがここで撮影されました。現在でこそ華麗なLED照明で彩られていますが、ライトの影に目を凝らすと、映画のフィルムに刻まれた重厚で怪奇な地底の迫力が今なお色濃く息づいていることに気付かされます。