北海道日本ハムファイターズに入団後、柿木を待ち受けていたのはハイレベルな競争だった。一軍登板のチャンスを掴みかけた矢先の制球難やコンディション不良。先発としての適性を模索しながらも、中継ぎへの配置転換など、自らの役割を確立するための模索が続いた。
育成契約への移行など、選手生命の危機とも呼べる岐路にも立たされた。ファームの本拠地である鎌ケ谷のグラウンドで、黙々と走り込み、泥にまみれながらフォームの再構築に明け暮れる日々。スポットライトが当たらない場所で過ごした膨大な時間が、投球に対する純粋な探求心を育て直す契機となった。
一軍の強力な打線を抑えるために何が足りないのか。ただ腕を振るだけでは通用しないプロの厳しさを骨の髄まで味わったことで、配球の妙や打者との駆け引きを学ぶ大きな転換期となった。