88mm高射砲を世界的な伝説へと押し上げた最大の立役者は、「砂漠の狐」と呼ばれたエルヴィン・ロンメル将軍です。1941年の北アフリカ戦線、エジプト・リビア国境の要衝「ハルファヤ峠(Halfaya Pass)」をめぐる攻防戦で、ロンメルは歴史に残る伏撃戦を展開しました。
当時、全高が3メートル近くある巨大なFlak 36は、遮蔽物のない砂漠では絶好の標的になりかねませんでした。そこでロンメルは、砲架を地面深くに掘った掩体壕(ピット)に埋め込み、砲身だけを砂丘の稜線からわずかに出す徹底した偽装陣地を構築させました。
イギリス軍第4王立戦車連隊のマチルダ戦車群が「無敵の装甲」を信じて進軍してきた際、至近距離まで引きつけたFlak 36が一斉に火を吹きました。イギリス軍将兵の手記には次のような恐怖の証言が残されています。
「地平線が閃光とともに揺れた瞬間、友軍の戦車がまるでブリキ缶のように一撃で引き裂かれ、火柱を上げた。どこから撃たれたのかすら分からないまま、無線機からは悲鳴と沈黙だけが流れてきた」(英第7機甲師団所属兵士の回想録より)
この戦闘でマチルダ戦車の約8割が撃破され、峠はイギリス兵から「ヘルファイア・パス(Hellfire Pass=地獄の劫火峠)」と恐れられることになります。ロンメルは軽戦車をわざと囮として後退させ、追撃してきた敵戦車を88mm砲のキルゾーンへと誘い込む「偽装退却戦術」を確立。空軍の管轄兵器であった高射砲を陸軍の地上戦闘に完全に統合し、縦割り行政の壁を破って前線指揮官の裁量で柔軟に連携させたことが、伝説の母体となったのです。