小泉今日子のアイドル時代の伝説として今も語り継がれているのが、1984年、事務所に無断で髪をバッサリと切り落とした「刈り上げショート」事件です。
デビュー曲『私の16才』当時の彼女は、事務所の方針に従い、他のアイドルと同様にロングヘアで笑顔を振りまく王道スタイルでした。しかし、作られたイメージと本来の自分との乖離に違和感を覚えた彼女は、誰にも相談することなく美容室へ行き、サイドとバックを刈り上げた斬新なショートヘアに変貌して現場に現れました。
事務所幹部を青ざめさせたこの行動は、結果として「女の子が憧れるカッコいいアイドル」への脱皮を決定づけ、シングル『まっ赤な女の子』『渚のはいから人魚』『なんてったってアイドル』などの大ヒットへとつながっていきます。
自分の見せ方を自分で決めるというこの決断力と突破力は、中学時代に培われた「自分の筋は自分で通す」という気概の表れであり、ヤンキーカルチャーが持っていたポジティブなエネルギーの昇華と言えます。