彼の名を世界に轟かせた象徴的な舞台といえば、ニューヨークで毎年7月4日に開催されるネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権だ。老舗ブランドであるネイサンズ・フェイマスが主催するこの大会で、彼は6連覇という前人未到の金字塔を打ち立てた。バンズを水に浸して一口サイズに丸めて流し込む「ソロモン・メソッド」は、大会の歴史を根本から塗り替えた。
だが、栄光の裏には激しい摩擦が潜んでいた。競技大食いを統括する団体Major League Eating(MLE)との間で交わされた独占契約をめぐり、回復不能な対立が破裂したのだ。他のイベントや他社メディアへの自由な出演を制限する契約条件に対し、表現者としての自由を求める彼は断固として首を縦に振らなかった。
結果として2010年以降、彼は本大会のステージから姿を消すこととなった。出禁処分や会場外での抗議に伴う逮捕劇など、波乱に満ちた騒動は世界中のニュースを騒がせた。団体の商業主義と、ひとりの孤高のアスリートが貫いた美学。その衝突こそが、彼のその後の波乱万丈なキャリアを決定づけたのだ。