一方、相方を失った安田善紀は、舞台を降りることを拒んだ。彼は吉本興業に踏みとどまり、ピン芸人として、あるいは新たなユニットを組みながら地道な活動を続けた。かつてのエリート街道とは程遠い、泥臭い泥沼の中での格闘だった。
「自分には漫才しかない」という強い執念が、彼を突き動かしていた。他の芸人とユニットを組んで再び賞レースに挑んだり、単独でトークライブを開催したりと、表現の手を休めることはなかった。かつて天才と謳われた男が、泥をすすりながらもお笑いとしがみつき続ける姿は、多くのファンや後輩芸人の心を打った。
かつての栄光の影に隠れがちだった安田の「漫才師としての地力」と「舞台への熱量」は、時を経て再評価されるようになっていく。