第19代内閣総理大臣に就任した原敬は、「平民宰相」の愛称で広く知られる。しかし、実際の出自は盛岡藩の上級武士家系だ。それにもかかわらず平民と称されたのは、華族への推薦をことごとく辞退し、衆議院議員の立場にこだわり続けたからにほかならない。
彼が率いた立憲政友会は、圧倒的な組織力と地方への利権誘導政策(ポジショニズム)を武器に政権を掌握した。藩閥政治が支配していた明治政界の壁を崩し、衆議院の多数派を基盤とする本格的な政党内閣を誕生させた功績は極めて大きい。
大正デモクラシーの奔流の中で、原は民衆のエネルギーを受け止めつつも、急進的な普選運動には慎重な姿勢を保った。リアリズムに徹したその政治手法は、理想主義とは一線を画す「現実主義者」としての真骨頂であった。