振り返れば、AKB48時代から彼女の存在感は唯一無二だった。総合プロデューサーである秋元康は、かつて彼女の持つ「無色透明だからこそ何色にも染まれる強さ」を高く評価していた。大勢のメンバーが並ぶステージの中央で、どこか儚げでありながら強烈な磁場を放っていた少女は、今や日本映画界になくてはならない女優へと成長を遂げた。
グループ卒業後、彼女はアイドルの看板に頼ることなく、地道に演劇の舞台や独立系の映画現場でキャリアを積み重ねてきた。その泥臭いまでの姿勢が、現在の圧倒的な表現力の土台となっている。かつてのプロデューサーが見抜いた直感は、十数年の時を経て、より深みを増した芸術性として結実している。