あまりに壮絶な人生から「松子には実在のモデルがいるのではないか?」と噂されることが多々ありますが、本作は完全なフィクションです。ただし、昭和後期のトルコ風呂ブームやバブル崩壊、新興宗教、薬物犯罪など、実在の社会背景を精密にトレースしているため、まるで実話をベースにしたドキュメンタリーのような生々しい説得力を帯びています。
なぜ松子は、暴力(DV)を振るわれ、裏切られ、金を搾取されてもなお男たちに依存し続けたのでしょうか。精神医学や人間心理の観点から考察すると、その根底には「見捨てられ不安」と「強烈な父親の承認欲求」が存在します。
幼少期、病弱な妹にばかり注がれる父親の関心を引くため、松子は変顔をして父を笑わせることしかできませんでした。その結果、「無条件で愛される自分」を信じることができず、「誰かの役に立ち、尽くさなければ自分には生きている価値がない」という強迫観念を抱えることになります。
「ひとりぼっちになるくらいなら、殴られても一緒にいる方がいい」。この松子の痛切な叫びは、愛されたい一心で自分を削り続けた女性の、悲哀に満ちた生存本能そのものだったと言えます。