外見の違いを理解した上で欠かせないのが、信仰の根本思想である仏教と神道の決定的な違いです。両者は起源、教祖、聖典の有無において対極に位置します。
神道は、日本列島の風土の中で自然発生的に芽生えた固有の土着信仰(アニミズム)です。特定の開祖や教典(キリスト教の聖書や仏教のお経に当たるもの)は存在せず、山、海、巨木、巨石、風や雷といった自然現象そのものに霊性を認め、「八百万(やおよろず)の神」として敬ってきました。神道が最も重んじるのは「清浄」であり、対極にある「ケガレ(穢れ・気枯れ)」を徹底して忌み嫌い、禊(みそぎ)や祓(はらえ)によって生命力を再生させることを本質とします。
一方の仏教は、紀元前5世紀頃のインドで開祖ゴータマ・シッダールタ(釈迦・ブッダ)が創始した外来宗教です。中国や朝鮮半島を経由し、公伝としては538年(または552年)に百済の聖明王から大和朝廷へ仏像と経論が献上されたことで日本へ伝来しました。仏教の根幹は「生老病死」という人生の苦しみからいかに解脱し、悟りを開くかという哲学的な教えにあります。伝来当初は聖徳太子らによって「仏法に従うことで国を護り鎮める」という国家鎮護の祈願場として受容され、時代を経て平安・鎌倉新仏教へと展開する中で、民衆救済の死生観として定着していきました。
宗教奉仕者の属性も全く異なります。神社で神に仕えるのは神主・神職(女性は巫女など)であり、世俗の生活を送り、結婚して家庭を持ちながら、朝夕の神事や境内の清掃、参拝者への仲介役を務めます。これに対し、寺院を護る僧侶(お坊さん)は、本来は出家して戒律を守り、仏道修行に専念して教えを説く存在です。現代の日本の僧侶は明治以降の政策により肉食妻帯が一般的となっていますが、教えを受け継ぎ読経によって先祖供養や魂の救済を司る役割に変わりはありません。
「なぜ日本人はこれほど異なる二つを平然と混同してしまうのか」という疑問の答えは、千年以上続いた神仏習合(しんぶつしゅうごう)にあります。奈良時代から明治維新に至るまで、日本人は「日本の神々は、民衆を救うために仏が仮の姿となって現れたものである」とする本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)を信じ、神社の中に神宮寺(寺院)を建て、お寺の境内に鎮守社(神社)を祀ってきました。
この融け合った信仰形態を力づくで引き裂いたのが、1868年(明治元年)に明治政府が発令した「神仏分離令」です。国家神道を中心とした近代国家建設を目指した結果、全国で寺院や仏像、経典が破壊される「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」という未曾有の宗教的動乱が巻き起こりました。私たちが今目にしている「神社と寺院が完全に分断された景観」は、古代からの伝統ではなく、わずか150年余り前の近代国家政策によって人為的に作られた風景なのです。