1987年1月、約4年半に及ぶ別居生活と協議の末、伊藤エミさんと沢田研二さんの離婚が正式に成立しました。その際、世間を驚愕させたのが「総額18億1800万円」とも報じられた破格の慰謝料・財産分与です。
この天文学的な金額は、単なる現金の手渡しではありませんでした。世田谷区内にあった敷地面積数百坪の豪邸やプライベートテニスコートを含む広大な不動産物件、高級マンション、さらに複数の預貯金口座や有価証券など、沢田さんがそれまでに築き上げた個人資産のほぼすべてをエミさんと息子に譲渡する形が取られました。
沢田さんは離婚に際し、「着の身着のままで家を出た」と言われるほど自身の資産を惜しみなく手放しました。自らの不貞行為によって家族を傷つけた責任を金銭的・物質的な誠意として全うしようとした沢田さんと、巨額の財産分与を受け取りながらも一切マスコミの前で元夫を糾弾しなかったエミさん。ドロ沼と呼ばれた離婚劇でありながら、金銭面での決着には双方のプライドと覚悟が色濃く反映されていました。