名阪関ドライブインの歴史は、高度経済成長期の日本のモータリゼーションと深く結びついています。名阪国道が全線開通した昭和40年代、伊勢神宮への参拝ルートや名阪間の物流輸送を支える結節点として、三重交通グループによって開設されました。
当時の日本は団体旅行ブームの絶頂期であり、大型観光バスが何十台も横付けされ、何千人もの旅行者が一斉に食事をとるドライブイン文化が黄金期を迎えていました。1階の広大なショッピングフロアには伊勢路の銘菓や海産物がずらりと並び、2階の大広間ではバスツアー客向けの御膳が次々と運ばれる様子は、まさに昭和・平成の観光産業の象徴でした。
しかし時代の変遷とともに、観光スタイルは大型バスによるマスツーリズムからマイカーやレンタカーによる個人旅行へとシフト。さらに2008年の新名神高速道路(亀山JCT〜草津JCT)の開通などにより、名阪国道を通過する一般観光客の動線にも大きな変化が訪れました。そうした時代の荒波を受けながらも、名阪関ドライブインは個人ドライバーやファミリー層、長距離トラックドライバーのニーズを取り込む方向へと舵を切り、今日まで生き残りを図ってきたのです。