亀澤恭平氏のプロ野球人生は、まさに「下克上」の連続でした。岡山県作陽高校から国際武道大学、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズを経て、2011年育成ドラフト2位で福岡ソフトバンクホークスに入団。圧倒的な選手層を誇る強豪球団において、二軍でウエスタン・リーグ首位打者を争うほどの卓越したバットコントロールと俊足を発揮しながらも、支配下登録の壁は厚く立ちはだかりました。
転機が訪れたのは2014年オフ。出場機会を求めて中日ドラゴンズへ支配下移籍を果たすと、翌2015年の開幕一軍入りを掴み取ります。塁審の判定に全身で喜びを表現し、ユニフォームを泥だらけにして塁を奪うプレースタイルは、当時のナゴヤドームに新風を吹き込みました。谷繁元信監督や森繁和監督のもとで内野のユーティリティおよびリードオフマンとして重用され、チームに不可欠な精神的支柱へと登り詰めたのです。