『カスバの女』をめぐっては、ネット上で今なおいくつかの誤認が見受けられます。その最たるものが「緑川アコがオリジナル曲として発表した」という誤解です。
前述の通り、原曲は1955年のエト邦枝盤であり、緑川アコが歌ったのはリリースから12年後の1967年でした。しかし、なぜこれほどまでに緑川アコのオリジナルだと勘違いされるのか。その背景には、1960年代後半の日本のレコード業界が仕掛けた「リバイバルブーム」の成功があります。
緑川アコは1966年、クラウンレコードから『夢は夜ひらく』で彗星のごとくデビューしました。この楽曲は園まりの清純なお色気路線、バーブ佐竹のムード歌謡路線など複数の歌手による競作でしたが、緑川アコ盤は際立ってダークで重厚な仕上がりを見せ、夜の盛り場で圧倒的な支持を獲得。その勢いをそのままに翌年放たれたのが『カスバの女』でした。この見事な連続ヒットの印象があまりにも強烈だったため、世間の記憶に「カスバの女=緑川アコ」と深く刻み込まれることになったのです。