現地コミュニティの長老たちや若手リーダーへの聞き取り調査、自著や手記の記録を紐解くと、急激なグローバル化に対する彼ら自身のリアルな葛藤が浮かび上がります。
ケニア南部のマサイマラ近郊で暮らす長老の一人は、かつて海外メディアのインタビューで「携帯電話は牛を盗難から守り、遠く離れた家族の安全を知るための武器だ。しかし、若者が画面ばかり見て、雲の動きや風の匂いから雨を予知する知恵を失いつつあることは悲しい」と語っています。
ネット上のコミュニティやSNS上でも、「伝統衣装を着てスマホをいじる姿に幻滅した」という観光客目線の勝手なノスタルジーと、「過酷なサバンナで生き抜くために便利な道具を使うのは当然の権利」という擁護論が議論を呼ぶ場面が見られます。当事者であるマサイ族の人々は、外部から押し付けられる「未開の戦士」というファンタジーを冷ややかに見つめつつ、観光ビジネスの需要を満たしながら実利を手にするたくましさを備えています。