彼女の名を全国区に押し上げた最大の契機は、民主党政権時代に行われた「事業仕分け」である。「2位じゃダメなんですか」というフレーズは社会現象となり、無駄な予算を徹底的に削ぎ落とす改革派のイメージを定着させた。このパフォーマンスと実利を兼ね備えた手法は、彼女の政治スタイルの原点であり続けている。
その後、立憲民主党の要職を歴任し、党の顔として国会審議で鋭い論陣を張ってきた。しかし、与党への追及を中心とする党内路線と、自身の目指す「実務的な行政改革」との間で葛藤を抱えていたことも事実だ。野党第一党の限界を感じ取った彼女が、従来の党派を超えた改革のあり方を模索し始めたのは必然の流れだったのかもしれない。