半世紀以上前、日本中を揺るがした出来事があった。いわゆる1966年出生数急減現象である。前後の年と比較して出生数が約25%も激減し、一年の間に赤ちゃんが約45万人も減るという異常事態が起きた。当時の人々は、子どもが「丙午」の年に生まれるのを避けるため、出産時期を前後にずらしたり、避妊を徹底したりした。結果として、病院の産科は空洞化し、翌年には反動のように出生数が跳ね上がった。
この現象の背後には、江戸時代の悲恋物語で知られる八百屋お七の伝説が強く結びついていた。激しい情念から放火事件を起こしたとされるお七の生まれ年が丙午だったという説が広まり、それが近代以降も怪情報として尾を引いたのだ。昭和40年代という高度経済成長期の只中にありながら、都市部から農村部に至るまで日本全体がこの俗信に呑み込まれた事実は、集団心理の恐ろしさを今に物語っている。