なぜ、これほどまでに激しい抗議運動があいりん地区で爆発し続けたのか。その背景には、日雇い労働者が置かれた極限の生活環境と、行政や警察に対する長年の不信感があった。1961年の第1次暴動を皮切りに、この街では数十回に及ぶ大規模な騒乱が記録されている。汗水流して稼いだ日銭を搾取する手配師、劣悪な簡易宿泊所、そして何より労働者を抑圧する存在として立ちはだかった警察組織の存在が、着火剤となったのだ。
当時の記録を紐解くと、騒動のトリガーとなったのは常に些細なトラブルや警察官による暴言・暴力疑惑だった。日常的に積み重なった不満が限界を超えた瞬間、街全体が一気に暴徒化する。それは突発的な治安の荒廃ではなく、構造的な社会問題が目に見える形で噴出した結果に他ならない。