空也が生きた10世紀半ばの京都は、まさに地獄絵図だった。疫病が猛威を振るい、路傍には引き取り手のない遺体が打ち捨てられ、天災が追い打ちをかける。当時の仏教は貴族の平穏を祈るためのものであり、困窮する庶民に手を差し伸べる者は皆無に近かった。
そこに現れたのが空也だ。出自を一切明かさず、身分を捨てて街頭に立った彼は、井戸を掘って人々に水を与え、道路や橋を修繕し、行き倒れた者の遺体を火葬して念仏を唱えた。教義を押し付けるのではなく、市井の人々と汗を流しながら生きる姿から、人々は親しみを込めて「市聖」あるいは「阿弥陀聖」と呼んだのである。