彼女の芸能活動の第一歩は、ハロプロエッグとしての活動だった。当時のプロデューサーであるつんく♂の目に留まり、2006年に「THE ポッシボー」のメンバーとして本格的にステージへ立つことになる。後に「チャオ ベッラ チンクエッティ」へと改名しながら、グループは十数年にわたりJ-POPシーンの現場で愚直なライブパフォーマンスを積み重ねていった。
所属していたアップフロントグループの熱烈な現場主義のなかで揉まれた経験が、彼女の芯の強さを形作ったのは間違いない。華やかなスポットライトの裏にあった泥臭い全国ドサ回りや、過酷なライブの連続。しかし、その泥臭さこそが、現在の彼女が持つ親しみやすさとタフさの源泉になっているのだ。