医師でありタレントとしてもお茶の間に親しまれてきた西川史子。彼女の人生が大きく一変したのは、2026年8月のことだった。自宅で倒れ、救急搬送された先で告げられた診断名は「右視床出血」、いわゆる脳出血だった。聖マリアンナ医科大学を卒業し、長年医師として人々の健康を守ってきた彼女自身が、突如として患者の立場に立たされるという皮肉な現実が突きつけられたのだ。
緊急手術を経て一命を取り留めたものの、左半身には麻痺が残った。それまで当たり前にできていた日常生活の動作が奪われ、深い失意に襲われながらも、彼女は過酷なリハビリテーションを開始した。松竹芸能に所属し、多忙を極めたタレント生活を一休止し、日々の大半をリハビリに費やす日々。病床で味わった恐怖と焦燥感は、計り知れないものがあったはずだ。