事件発生から約2カ月後、現場近くのビルに住んでいたネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリ氏が強盗殺人容疑で逮捕されました。一審の東京地裁では無罪判決が言い渡されたものの、東京高裁での控訴審で逆転無期懲役となり、2003年に最高裁で刑が確定します。
しかし、確定判決には当初から多くの疑問符がつけられていました。物証の乏しさや自白の誘導が指摘される中、日本弁護士連合会などの支援を受けた弁護団が粘り強い再審請求を継続。転機となったのは、近年の飛躍的な科学技術の向上に伴う遺留品のDNA型再鑑定でした。
2011年、被害者の体内から採取された精液および着衣に付着していた体液から、ゴビンダ氏とは異なる「第三者の血液型O型の男性DNA」が検出されました。さらに被害者の爪の間から採取されたDNAもこの第三者と一致したことで、ゴビンダ氏の無実が決定的に証明されたのです。
2012年、東京高裁は再審開始を決定し、身柄を釈放。その後のやり直し裁判(再審)でゴビンダ氏の無罪判決が確定しました。15年に及ぶ不当な勾留の末に勝ち取った無罪判決は、日本の警察・検察による証拠開示のあり方や冤罪構造に重い課題を突きつけました。