彼のキャリアの原点には、若き日に所属した俳優座での厳しい鍛錬がある。そこで培った新劇の精神を結実させたのが、亡き妻・宮崎恭子(隆巴)と共に1975年に設立した「無名塾」だ。役者としての技術だけでなく、人間としての生き方を叩き込むこの私塾は、数多くの実力派俳優を世に送り出してきた。
仲代は現在も無名塾の塾長として、若手俳優たちの稽古を鋭い眼光で見守っている。「台詞を喋るのではなく、その場に役として生きろ」という指導方針は、令和の時代にも変わらない。後進の育成こそが、自分が日本演劇界に返せる最後の恩返しであるという強い想いがそこには込められている。