この革新的なギアのルーツは1980年代のオランダに遡る。アムステルダム自由大学の研究者であったゲリット・ヤン・ファン・インヘル博士が、人間の力学的効率を高める研究の中で発案したのが始まりだ。
当初、その風変わりな構造に対して周囲の評価は冷ややかだった。しかし、1990年代半ばにオランダの女子選手たちが爆発的なタイムを叩き出すと、形勢は一変する。国際スケート連盟(ISU)もその有用性と安全性を認め、一気に世界基準のギアへと躍り出た。
日本国内でも、日本スケート連盟がいち早く導入を進めた。その真価が世界中のスポーツファンに鮮烈な印象を与えたのが、1998年の長野オリンピックだ。男子500mで金メダルを獲得した清水宏保をはじめ、世界のトップ選手たちが世界記録を次々と塗り替えた。あの大会は、まさにスピードスケートの新時代を告げる歴史的転換点となったのである。