木村和司という名前は、日本サッカーの歴史そのものと言っても過言ではありません。広島県出身の木村氏は、山陽高校から明治大学を経て日産自動車サッカー部(現・横浜F・マリノス)に入団。卓越したテクニックと戦術眼で瞬く間にトッププレイヤーへと上り詰めました。
日本代表としても長きにわたり背番号10を背負い、国際Aマッチ54試合で26得点を記録。なかでも1985年10月26日、国立霞ヶ丘競技場で行われたメキシコW杯最終予選・韓国戦で決めた約40メートルの伝説的フリーキックは、美しい弾道とともに日本サッカー史の最高傑作として語り継がれています。
1993年のJリーグ開幕時には横浜マリノスの象徴としてピッチに立ち、黎明期のプロサッカー界を牽引。1994年の現役引退後はフットサル日本代表監督や横浜F・マリノスの監督を歴任するなど、日本サッカーの発展に多大なる貢献を果たしました。