昭和後期から平成にかけて、見世物小屋の蛇女として全国にその名を轟かせたのが小雪太夫(こゆきだゆう)です。彼女は日本屈指の旅芝居・見世物興行を率いた「大寅興行社」に身を置き、美貌と怪奇性が同居する圧倒的な存在感で観客を魅了し続けました。
小雪太夫の経歴は、興行小屋の虚構と現実が入り混じる数奇なものです。舞台口上では「蛇の呪いによって異形の姿で生まれた娘」といった悲劇の物語が語られましたが、実際の彼女は一座の親方や女将を家族として慕い、芸の世界に生きる一人の表現者でした。10代の頃から興行の世界に入り、先代の太夫たちから受け継いだ蛇食いの芸を極め、いつしか一座の屋台骨を支える大看板へと成長していきました。
そんな小雪太夫が舞台を去ることになった背景には、複数の現実的な要因が重なっています。最大の引退理由は自身の年齢と過酷な身体への負担でした。生きた蛇を扱う芸は歯や顎、消化器系に極めて激しいダメージを与えます。加齢とともに蛇の硬い筋組織を噛み切る筋力や歯の維持が困難になったことが、引退の直接的な契機となりました。
さらに、大寅興行社を率いていた座長・勝正男氏の逝去や、興行を巡る社会環境の激変も決定打となりました。1990年代以降、動物愛護の観点や神社の境内使用規律が厳しさを増し、蛇女の演目そのものが公の場で披露しづらい状況へと追い込まれていったのです。