売上高2兆円を超え、連結従業員数14万人を誇るメガサプライヤーが未上場のまま留まる事例は、世界的に見ても極めて異例です。なぜ矢崎総業は上場による資金調達を選ばないのか、その背景には明確な合理性と経営美学が存在します。
最大の理由は、「四半期ごとの短期利益主義(ショートターミズム)の排除」です。上場企業は3カ月ごとの決算発表で市場からの厳しいプレッシャーに晒され、株主配当や短期的な利益率の改善を迫られます。しかし、自動車部品の開発には数年から10年単位の息の長い先行投資が不可欠です。同社は非上場を貫くことで、短期的な赤字リスクを恐れず、大胆な研究開発や海外インフラ投資を敢行してきました。
歴史を振り返れば、2002年にシーメンスとの合弁会社を立ち上げて欧州市場への足がかりを築いたことや、2003年に業界初となる「ビニル電線・ケーブルの全面鉛フリー化」をいち早く断行できたのも、目先のコスト増を嫌う外部株主が存在しなかったからにほかなりません。さらに直近の動きを見ても、日本経済新聞の報道にあるように、タイ中部で投資額約60億円を投じて送配電向けアルミ電線工場を本格稼働させ、生産能力を従来比3倍に引き上げるといった機動的な巨額投資を即断できる強みがあります。
また、創業理念である「世界とともにある企業」「社会から必要とされる企業」を守り抜くため、敵対的買収のリスクを完全に遮断し、社員の雇用を長期的に守る防壁として非上場という形態を選択し続けています。