まず押さえておきたいのが、この地名の正確な呼び名です。美女木の読み方と歴史を紐解くと、正しくは「びじょぎ」と読みます。初見では「びじょき」「びじょもく」と読み間違えられるケースも散見されますが、古くからの公的呼称は濁音を伴う「びじょぎ」です。
埼玉県戸田市美女木という行政区画が成立する以前、江戸期の文献にはすでに武蔵国足立郡に属する「美女木村」の名が克明に記録されています。江戸幕府が編纂した『新編武蔵風土記稿』にもその名が残り、当時の農村集落としての佇まいが伝えられています。
この美しくも奇異な名前を巡っては、古くからロマンに満ちた美女木伝説の真相が語り継がれてきました。地元で代表的なのは「平安末期から鎌倉期にかけて、都落ちした高貴な姫や絶世の美女たちがこの地に隠れ住んだ」という言い伝えです。また、戦乱の時代に武将が一息ついた茶屋に息を呑むほど美しい給仕の女性がいたことから名付けられたという口碑も残されています。
しかし、現代の地名学や地域古文書の分析が提示する実像は、はるかに現実的な土地の成り立ちを示しています。荒川下流の湿地帯において、わずかに水害を免れる「微高地(びこうち)」や「水処(みずき)」、あるいは湿地を埋め立てるために雑木を打ち込んだ治水の痕跡が音変化を起こし、後世になって佳字(縁起の良い漢字)である「美女木」へと当て字されたという説です。荒川の氾濫と戦いながら沃野を切り拓いた先人たちの泥臭い開墾史こそが、華やかな名称の奥に眠る本来のルーツといえます。