劇作家・井上ひさし氏が長年構想を温めながらも逝去により未完となっていた本作は、劇団こまつ座のもと、劇作家の蓬莱竜太氏が脚本を執筆し、日本を代表する演出家・栗山民也氏が演出を手掛けて2013年に初演を迎えました。初演時のキャストは、本土出身の上官役を山西惇氏、故郷の島を愛する新兵役を藤原竜也氏が務め、圧倒的な演技の応酬が演劇界に大きな衝撃を与えました。
物語の舞台は、砲煙弾雨のなか奇跡的に残った一本の巨大なガジュマルの樹上。敵に見つかれば即座に射殺される恐怖のなか、2人は敵陣の真っ只中で孤立無援の籠城戦を開始します。
軍人精神に染まり「天皇のために命を捨てて戦い抜くこと」を義務と信じる本土出身の上官に対し、沖縄出身の新兵は「生き延びて、再び島で穏やかに暮らしたい」という素朴で切実な願いを抱いています。この決定的な価値観のズレは、時間の経過と飢餓、孤立感によって次第に狂気じみた対立へと発展していきます。
眼下では米軍基地が建設され、敵兵たちが楽しげに音楽を鳴らし、バーベキューを楽しむ光景が広がります。それを見た上官は「敵の欺瞞工作だ」「日本軍の反撃部隊が必ず助けに来る」と信じて疑わず、投降を頑なに拒絶。一方の新兵は、島の変わり果てた姿に心を痛めながらも、生きるために木の実を食べ、雨水をすすり、生き延びる道を模索します。
結末に向けて、事態は劇的に動きます。ある日、木の根元に「戦争は終わった。安心して降りてきなさい」という日本語で書かれた手紙と、煙草や衣類が置かれているのを発見します。上官は「罠に違いない、敵の謀略だ」と手紙を破棄しようとし、疑心暗鬼から新兵に銃口を向けるまでに至ります。しかし、手紙に記されていたのは、見知らぬ誰かではなく、かつて共に暮らした島民たちの温かい言葉でした。
「自分たちは何のために戦い、誰に裏切られていたのか」――張り詰めた国家への忠誠が音を立てて崩壊した瞬間、2人は互いの存在と命の意味を確かめ合い、武器を捨てて木を降りる決断を下します。生き延びることそのものが最大の抵抗であったという力強いメッセージとともに、物語は静かな感動のうちに幕を閉じます。