高校野球の歴史において、PL学園高等学校の名を外して語ることはできない。「逆転のPL」として甲子園の頂点に何度も輝き、幾多のプロ野球スターを世に送り出した実績は、昭和から平成のスポーツ史に燦然と輝いている。人文字で埋め尽くされるスタンドからの応援風景は、教団の威光と団結力を全国に知らしめる最高のシンボルだった。
だが、栄光の陰で進行した部内の問題や体質への批判、寮生活の崩壊は、野球部の休部という衝撃的な事態を引き起こした。生徒数の激減と学校経営の縮小は、そのまま親体である教団の若年層離れや組織全体の勢力変化をダイレクトに反映している。